文豪たちの素顔

山本周五郎 独自の流儀を貫いた素顔 商業主義と距離を置いた日常

Tags: 山本周五郎, 素顔, 日常, 時代小説, 創作秘話

時代小説の大家、山本周五郎の知られざる日常

山本周五郎は、数々の感動的な時代小説を生み出し、今なお多くの読者に愛されています。『赤ひげ診療譚』や『樅ノ木は残った』など、市井の人々の温かさや、理不尽な世の中に立ち向かう人間の尊厳を描いたその作品世界は、読む者に深い共感と勇気を与えてきました。

しかし、その作品に描かれる人間味あふれる世界とは対照的に、山本周五郎自身の日常や作家としての姿勢は、一般的な「文豪」のイメージとは少し異なる、独自の流儀に貫かれていたことがうかがえます。彼は名声や商業的な成功に対して驚くほど無頓着であり、自身の作家活動を巡っても、現代では考えられないような行動をとることがありました。今回は、そんな山本周五郎の、商業主義と距離を置いた日常と、それが彼の作品にどのように影響を与えたのかを探ってみたいと思います。

本名非公開と原稿料への無頓着

山本周五郎の本名は清水三十六(しみず さとむ)といいます。彼は生涯を通じて本名をほとんど明かさず、作品の発表においても「山本周五郎」というペンネームを使い続けました。作家がペンネームを用いることは珍しくありませんが、彼の徹底した本名非公開の姿勢は、自身のプライベートと作家としての自分を明確に分けたい、あるいは個人的な名声に価値を見出さないという意識の表れであったのかもしれません。

また、彼の作家としての日常において特筆すべきは、原稿料に対する考え方です。一般的に、プロの作家にとって原稿料は生活の糧であり、重要な収入源です。しかし、山本周五郎は、出版社から渡された原稿料を、内容が自身の納得いくものでなかった場合や、他の作家と比較して高すぎると感じた場合に、平然と突き返すことがあったというエピソードが伝わります。これは、彼が金銭的な価値よりも、作品の質や自身の信条を何よりも優先していたことの証と言えるでしょう。締め切りに追われたり、売れ線を狙ったりするのではなく、自身の書きたいものを、自身の納得できるペースで書くという強い意思が、このような振る舞いに繋がっていたと考えられます。

寡作と貧困を厭わない姿勢

山本周五郎は、現代のベストセラー作家のように次々と作品を発表する多作家ではありませんでした。むしろ、自身のペースを重んじ、納得のいくまで作品と向き合う寡作な作家であったといえます。このため、常に経済的に恵まれていたわけではなく、時には困窮した生活を送ることもあったようです。

しかし、彼は貧困を理由に執筆ペースを上げたり、自身の意に沿わない作品を書いたりすることはなかったといわれています。これは、彼の内にある強い精神性、そして自身の作家としての矜持の表れでしょう。生活のために妥協することなく、自身の信じる「書くこと」を貫き通した日常は、彼の作品に登場する、貧しくとも誇り高く生きる人々や、困難な状況でも信念を曲げない登場人物たちの姿と重なって見えます。作家自身の生き様が、作品世界にリアリティと深みを与えていたことがうかがえる側面です。

作品への影響

山本周五郎のこのような独自の日常と姿勢は、彼の作品世界に深く根ざしています。商業的な成功や名声に囚われなかったからこそ、彼は時代の流行に左右されることなく、自身の関心を引くテーマ、特に市井の人々の生活や感情、そして人間の持つ美徳や弱さをじっくりと掘り下げることができたのではないでしょうか。

原稿料を突き返すほどの作品への厳しさや、貧困を厭わない創作への情熱は、作品一つ一つに込められた魂の深さに繋がっています。彼が描く登場人物たちの、逆境にあっても失われない温かさ、誠実さ、そしてかすかな希望は、作家自身の生き方から滲み出てきたもののように感じられます。

まとめ

山本周五郎の、名声や商業主義から距離を置いた独自の日常は、現代の価値観から見れば驚くべきものです。しかし、その揺るぎない姿勢こそが、彼の作品に普遍的な輝きを与えているのではないでしょうか。経済的な豊かさや世間の評価に流されず、自身の内なる声に忠実に生き、書き続けたこと。その誠実で寡黙な日常が、数々の心温まる、あるいは胸を打つ物語を生み出す土壌となっていたことがうかがえます。

山本周五郎の作品を読むとき、そこに描かれる人々の生き様に感動するのは、単に物語の面白さだけでなく、その背景にある作家自身の人間的な強さや優しさを感じ取るからかもしれません。彼の素顔を知ることで、改めて作品を手に取り、そこに込められたメッセージをより深く感じ取っていただければ幸いです。